
終わりかけた夏を彩るべく、8月28日の宵の口に東の地平線から、既に欠け始めた赤褐色の満月が顔を出した。部分月食ではなく完全に月が地球の影に隠れてしまう「皆既月食」現象だ。
そもそも「月食」というのは、太陽・地球・月の軌道が一直線に並ぶことで月が地球の影に隠れてしまうために起きる現象なのだが、この軌道が寸分の狂いもなく完全に一列に並んだときに起こるのが「皆既月食」である。
皆既月食、無事見れました♪
月の出の頃は雲も多く心配しましたが、だんだんと空も晴れいいお天気でした。
(ブログサイト「Eternal な ひととき」より引用)
今回の「皆既月食」は全国各地、天気の良い地域では、ハッキリと目にすることが出来たようでデジカメなどを使い撮影しながら楽しまれた方も多かったようだ。
しかしながら古き時代において、「日食」や「月食」といった現象は不幸の象徴であり、地上における災害や忌まわしい出来事の前触れであると信じられてきたらしい。それは、我が国での「天照大神」や「月読尊」のような、太陽や月などの天体を神様としてあがめていた人々が多かった事に起因するようだ。
特に日本では、「韻(イン)をふむ」という言葉の風習によっても、それを証明することが可能だろう。神である天体が隠れる、つまり『御上(=神)がお隠れになる(亡くなられる)』に通ずるという訳である。そう考えると非常に不吉に思えるのだが、そういった流れを汲みつつも正反対の視点で捉えた、月食に関するこんな面白い記事がある。
「隠れていたものをすべて表に引き出し、影のエネルギーを目に見えるもの」にし、「直観力、洞察力が沸き起こる」「大変前向きなもの」
(ブログサイト「イリゼのセッションルームより」から引用)
引用させていただいた文章は、ある西洋の占星術師の方が書かれたものなのだが、なるほど太陽や月が輝いていることで普段は見えない星々のように、光が影に隠れることで見えてくる物事もあるだろう。そして、それを「大変前向きなもの」として捉えてるのが興味深い。
なくなる事自体は残念な上、なくして初めて存在の有難さが身にしみるけれど、自分はその中を生きていかなければならないから知恵を振り絞って内面を見つめなおし、自らの力で問題に立ち向かっていく時期...ということか。そう考えると、単なる天体ショーも中々深い味わいをもって見ることができそうだ。
また、こういった蝕の時期には、個人から公のレベルまで見ても具体的に何かが始まったり終わったりする現象が多くみられるという。昔から連綿と続いてきた慣わしなどに思いを馳せつつ、次回、2010年12月21日に起こる「皆既月食」を楽しみに待ってみるのも趣があるかもしれない。
[Blogch編集部:水野]
関連リンク:
東京新聞
Astro Arts
関連した記事(ブロッチ):
Eternal な ひととき
関連した記事:
イリゼのセッションルームより
以下のURLをあなたのブログ記事の「本文」欄に貼り付けて公開すると、トラックバックが送信され、この記事にコメントをつけることができます。
上記でうまくいかない場合は、以下URLをブログ記事の「トラックバック」欄に貼り付けて保存・公開してください。
なお、コメントの公開にはお時間をいただいております。何卒ご了承ください。